カテゴリ:私の躁うつ病について( 6 )

学生時代のアルバイトから思い出せるものを書き出してみた
単発のものはぬきにして(というか憶えていない)
数えてみたら30箇所の職場があった
っていうことは
最低30回採用されてたってこと?
面接はその何倍も受けているのかな
すごー
でも29回はやめたってことだよね

最短で3日だったと思う
その会社に就職した時に発病した
最長は1年11ヶ月
その仕事は大好きだったが再発して辞めてしまった
(もっとも長いのは学生時代のアルバイトだが週一で4年)

今の仕事場が1年10ヶ月目ぐらいだから
記録が伸びるかも
職場のみなさんありがとう
[PR]
by limacchi | 2007-11-07 18:07 | 私の躁うつ病について

頭皮

だいたい精神状態がよくなくなると
頭の皮膚がカサカサしたりかゆくなったり
赤く炎症を起こしたりする

30代のころはそれがひどくて
丸坊主にしようかと思うぐらい
頭皮が荒れてはがれて
はがれる頭皮と一緒に髪もバサバサと抜け
帽子をかぶらなければならないほどだった
部屋ははがれ落ちた頭皮で床が真っ白になるほどだった

悲しくて悲しくて
健康食品にたよってしまったこともある
わらにもすがる思いで

大阪にきてから
頭がかさかさしていることが多いが
ここのところ少しよくないかも
ステロイドを塗れば多分少しはおさまるのだろうが
放置している

脂分を洗い流しすぎるのがいけない、といわれたり
強いシャンプーがいけない、といわれたり
でもかゆいから、毎日洗ってしまうのよね
以前、症状がとってもひどかったときに
耳のうしろに膿疱ができて切開したから頭を洗えなくて
そしたら治ってしまったことがあった

でも、今の生活していて頭洗わないって
やっぱりできないよな

あー
あたまがかゆいー!
[PR]
by limacchi | 2007-09-26 22:33 | 私の躁うつ病について

薬依存

薬なんてのまなくてもやっていける
薬をのみたくないと思っていた時期も長かったのだが
いつごろからか
薬さえのんでいれば大事には至らないのだから、と
自分にいいきかせるようになり
きちきちと薬を飲むようになった
副作用などいやなこともあるのだが
やはり一番いやなのは入院だから

いまは身近に調子をみていてくれる人もいないので
とにかく薬をのむ 
これが毎日の大事な日課だ

泊まりででかける時も
薬を忘れないよう何度も確認する
忘れたから、といって簡単に買えないからね

以前は薬がなくなるのが不安で
常に「予備」の薬を蓄えていたのだが
このごろ、まあ そんなにまでしなくても、と思うようになり
余っているくすりは出してもらわないようにしていたら
明日は診察、という今日
本当に明日の朝までの分しか薬がない
あたりまえのことなのだが
なんだか こころもとない
たくさんストックして安心していたのだな

睡眠薬などすごい量をためていた
「もしも」のために
ばかだなあ

薬をのむたびに
「これで大丈夫」といいきかせる
そのことがきいているのではないかな

今の先生は「○○は余ってます」というと
「じゃあ今回は出さないでおくから」といってくださるので、とてもたすかっている。
しかし 必要な薬については「イヤ」といってもことば巧みにのむように説得されてしまうのだ
勝手に中止しても調子悪くなるのは私なのである

明日は診察
晴れるかな
[PR]
by limacchi | 2007-03-05 10:44 | 私の躁うつ病について

軽躁状態は続く

ここひと月ぐらい元気だ
人に会うのが面倒でないし活発

毎日たのしい

あまり楽しいと不安になるのだが
まあ、いいか
そのうちしんどくなるのかしら
そのときに考えよう

頼まれていた入力の仕事を終えて
べてるの家の「非」援助論 を読み終えた
うんうん、おもしろいと思いながら読んだ

精神障害者を精度の高い「生き方の方向を定めるセンサー」の持ち主であると書かれている部分があってとてもうなづける
私自身の内なる声を押し殺して
○○のためとか
そうするべきだとか
いろいろ理由をつけて自分をだまそうとすると調子がわるくなる
激躁状態になって病院につれていかれて絶叫したことばはいつも
「殺さないでーーーーーー!!!!」であった
あまりの声のでかさに外来のほかの患者さんがおどろいて逃げてしまったり
入院患者さんから苦情が出て大変だったそうだ

それだけの生命エネルギーを与えられていることは感謝にたえない

私は生きるためにこの病気を自ら選んだのだという確信のようなものがある
[PR]
by limacchi | 2007-02-21 16:26 | 私の躁うつ病について

精神障害はこわいか

先日、ある人と話をしていたら
「精神障害者って歩道橋から子どもを落とすような怖いひとなの?」という素朴な質問

びっくりした

私はずいぶんと のほほんときてしまったらしい

私自身にもいえることだが
精神障害とか知的障害とかのことばで
ひとくくりにして固まった概念をもってしまうこと
そのほうがが恐ろしいと思う

怖い人、と思われるのが現実の社会なんだろうか?

「怖くないよ」と言い切ることはできない
ひどいときは理性などなくなるじぶんを経験しているからだ
でも、それは誰だって同じ事だ
障害のあるなしにかかわらず

悲惨な事件がおこるたびに
犯人を非難する声は朗々ときこえるが
いつだって
「私がやる可能性もなくはないな」と思う

じぶんだけは大丈夫、と思っているよりも安全だと思う
[PR]
by limacchi | 2007-02-09 22:42 | 私の躁うつ病について

かんたんな履歴

1960年長野県うまれ

大学卒業後定職につかずアルバイト、季節労働など。当時フリーターという言葉はなかった。
平成元年、就職をきっかけに精神バランスを崩し病院へつれていかれる。非定型精神病。急性期ののちうつ状態を経てアルバイト生活に戻る。
30歳で鍼灸専門学校に入学、上京。働きながら通学。在学中に躁状態になり、入院。失業。しかしなんとか卒業させてもらい鍼灸師・マッサージ師免許取得。
鍼灸師として東京で就職するが1年ももたず、入院を機に長野に帰る。
親元に戻るのが本意でなかったが当時ほかの選択をできず、アルコールにはしるようになっていった。躁鬱病(双極性障害)と確定されたのは1999年長野で入院したとき。自営で鍼灸マッサージの仕事をしていたが、親との同居が精神的に限界となったのとリウマチ発症のため2005年廃業、大阪に転居。ひとりぐらしをはじめる。
大阪に住むにあたって就職した会社は3ヶ月で通えなくなり退社。
リウマチが悪化して歩くのもやっとになり、もうだめかと思ったころより真の大阪生活が始まった。
現在通院しながら釜ヶ崎で1日6時間週4日のパート労働満1年。がんばったと思う。面接時に病気の話をしておいたことで気持ちがとても楽。
アルコール依存のおそろしさを目の当たりにして飲酒量激減。

気分の波はあるが渦中にあるときはそうとわからないのがこの病だ。
リウマチに関しても別の病名になっているが症状のひとつではないかと感じる。痛みと精神状態はおそろしいほど連動している。
[PR]
by limacchi | 2007-01-21 11:55 | 私の躁うつ病について